Yudai Taira

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SaaS は死んだのか? ポスト生成 AI 時代における価値の再定義

公開日: 2025-10-26


SaaS is dead ── 私はそんな言葉を最近よく耳にする。しかし、本来の SaaS の定義とはなんだろうか。

概念的に言うなら、SaaS は機能ではなく「価値の継続提供」をプロダクト化した形だ。 昔のソフトウェアは「完成品」だった。納品して終わり。SaaS は「生き物」に近い。常に使われながら改良され、顧客との関係を通じて進化していく。 だから「ソフトウェアを提供する」こと自体は手段にすぎない。本質は、顧客が成果を出し続けられる状態をどう維持するかにある。

そう、SaaS は「継続的な価値を提供する"生き物"」なのだ。

ポスト生成 AI 時代における価値とは

ポスト生成 AI 時代。コンテンツは指数関数的に溢れ、アイデアや知識の価値はいささか低下し、起業のハードルも下がっているように感じられる。ビジネスの価値そのものが、静かに希薄化していく時代。

では、「知識」も「作業」もほぼ無料になるという世界において、「価値を出し続ける」とは一体どういうことなのか。

それは、AI が到達できない領域 ── つまり「AI がやっても同じ結果にならない領域を、継続的に作り出すこと」に他ならない。

もう少し分解すると 3 つある。

1. 文脈を理解して伴走できること

AI は答えを出すのは得意だが、「この状況では何を優先すべきか」はまだ人や組織の肌感が要る。 文脈を読む力、組織や市場の"空気"を翻訳する力が価値になる。

2. 他者と関係を築くこと

信頼・ブランド・共同体。AI が模倣できないのは、関係性の「蓄積」そのものだ。 SaaS で言えば、単なるツールではなく「信頼できるパートナー」になれるかどうか。

3. 進化を前提に設計すること

機能を磨くだけではすぐに追いつかれる。 「変化を受け入れ、学習して次を出せる仕組み」を作る方が強い。 つまり、静的な価値ではなく、動的な価値をどう保つか。

要するに、"何を作るか"よりも"どう変わり続けるか"が価値の中心になる。止まった瞬間に、AI がその場所を埋める。

AI Native、Personalized への進化

最近、LayerX のエンジニアブログで「AI Agent 時代における『使えば使うほど賢くなる AI 機能』の開発」という記事に巡り合った。SaaS は死ぬのではなく、より AI Native、Personalized になる必要があるという主張だ。

「AI Native」「Personalized」という言葉の裏にある本質的な価値は ── ユーザーに適応して、時間とともに価値密度を上げていく体験を提供すること。

AI Nativeとは、抽象的なタスクをより具体的なタスクに分解し、実行可能な形に整理することだ。「資料を作る」を「アウトラインを書く」「データを集める」「図を作成する」に分解する。人間の意図を解釈し、実行可能な単位に翻訳する能力である。

Personalizedとは、個人の元々の予定や気分、生活動線などから最適な提案をすることだ。同じタスクでも、朝型の人と夜型の人では異なる時間を提案する。移動が多い日には軽いタスクを。集中できる時間帯には深い思考を要するタスクを。

従来の SaaS は「最適化された共通プロセス」を提供していた。 だがポスト生成 AI 時代の本質的価値は、「個別最適を自動で再設計し続ける」ことに移る。

そう、再設計なのだ。再設計を行い続けることが、個別最適という要件を自動で満たす。

SaaS という"生き物"が受け入れられるためには、人に合わせて「変わる」── いや、「変わり続ける」必要がある。OpenAI、Anthropic、Google が次々とモデルを更新し続けるのも、この「変わり続ける」ことの重要性を示している。

「再設計」という名の進化

従来の SaaS が提供していたのは、「最適化された共通プロセス」だった。 万人に効く、普遍的な解。効率化のテンプレート。

だけどポスト生成 AI 時代の本質的価値は、「個別最適を自動で再設計し続ける」ことに移る。

再設計── この言葉が重要だ。

一度設計して終わりではない。使う人の癖、文脈、その日の気分や体調。組織の状況、市場の空気。それらすべてを読み取りながら、静かに、しかし確実に形を変えていく。

それは人間が夢を見るように、夜ごとに自己を再構築していくプロセスに似ている。

個人の意思決定を外部化する

例えば、タスク管理を考えてみよう。

僕らはタスクをツールに書き込む。でも、本当に必要なのはタスクの「羅列」ではなく、「今日、自分が何をすべきか」という意思決定の支援だ。

そのとき、AI は何ができるのか。

答えは単純ではない。自動でカレンダーを埋めることではない。それは押し付けだ。

そうじゃなくて、**「あなたの今日のエネルギーと文脈を理解した上で、適切な選択肢を提案する」**こと。

AI はあくまでも提案まで。最後は人が選択する。

この境界線が、AI との共生において最も重要な設計思想になる。

人間を超えない、でも人間を理解する

AI Native SaaS の核心は、「人間を超える」ことではない。

「人間を理解する」ことだ。

理解とは何か。それは、表面的な行動パターンを学習することではない。

なぜその人はこのタスクを後回しにするのか。 なぜこの時間帯に集中できないのか。 なぜこの判断を下したのか。

その背後にある、言語化されない文脈を掴むこと。

そしてそれを、押し付けることなく静かに次の提案に反映させること。

組織という生態系

個人のデータが積み重なると、組織の生態系が見えてくる。

「このチームは午前中に Deep Work が集中する」 「このプロジェクトは締切前に必ず文脈切替が増える」 「この判断パターンは、過去の成功事例と酷似している」

組織の意思決定は、個人の意思決定の集合ではない。 でも、個人の実績というデータは組織の意思決定の材料になりうる。

そこに、AI Native SaaS の次のフロンティアがある。

止まった瞬間に、終わる

"何を作るか"よりも"どう変わり続けるか"。

これがすべてだ。

機能を磨き上げることは重要だ。でもそれは、ゴールではない。 変化を受け入れ、学習し、次を出せる仕組みを作ることこそが、ポスト生成 AI 時代の生存戦略になる。

静的な価値は、すぐにコモディティ化する。 動的な価値 ── 変わり続ける能力 ── だけが、AI に埋められない領域として残る。

SaaS は死なない。

ただ、止まった SaaS が死ぬだけだ。

生き物として、呼吸し、進化し続ける SaaS だけが、この新しい時代を生き残る。

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